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リヴァープレス社
●家と人。NET ●リヴァープレス社 TOP ●片言隻句(住まい編) 編集室●〒020-0002 岩手県盛岡市 桜台2-15-6 TEL019-667-2275 FAX019-667-2257 取材対象があっての原稿書きは訓練を積んできたつもりですが、一人称で書く原稿は慣れていません。練習台のつもりでこのブログを始めました。これまでお世話になった方々へ、感謝の気持ちを込めて書く文章が多くなりそうです。ご笑読くだされば幸いです。 ◎「家と人。」編集長 加藤大志朗 DAISHIRO KATO 以前の記事
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ライフログ
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いろんなことがあった、この10日間。 いろんな…なんて形容詞を、 ものを書く人間が使ってはいけないのだけど 本当に大切なことは眼に見えないように 本当に言葉にしたいことは、 言葉にしたその瞬間から泡のように軽くなって すぐに消えてしまう。 何度も書いて、結局、やめた。 換言すれば、こんな場に何かを書いているときは 大したことを考えてもいないし 実際、大した出来事も起きていない。 自他ともに、 ブログに書かれた文章など、安易に信用しないことだ。 ほんとうにうれしいことや悲しいことを オトナが言葉にするのは至難の業。 心揺さぶられたことを 言葉にするのは、子どもにかなわない。 目線がそのままの純度で言葉になるからだろうか。 「いぬ」 いぬは わるい めつきはしない 「ゆき」 ふくのうえにとまって なかにかくれて ねてしもた 「おとうさん」 おとうさんは こめややのに あさ パンをたべる ※上記三編 「たいようのおなら」灰谷健次郎編 のら書店 より 「おとなになったら」 わたしは おとなになったら およめにいく つなみの こないところさいく それでも男のわるいところさは いかない 男のいいところさいく わたしをいじめるところさは いかない ※詩集「まなぐ」三上信夫編 リヴァープレス社 より 先週、東京の読者から注文があって送った詩集「まなぐ」。 入金があり、同封した郵便振替の通信欄が、小さな文字で埋められていた。 ――私は F村の出身です。 昭和22年生まれ。T村のA分校、O分校他みんな知っています。 知っている人も出てきます。何回も泣きました。 この一カ月で読んだ本は数十冊にのぼるが、 こういう文章は どんなに優れた作家の文章よりも、心を射抜いてくる。 計算のできないオトナになりたい。 ![]() 商品名 たいようのおなら 出版社 のら書店 著者 灰谷 健次郎 画家 長 新太 出版年 1995 # by riverpress | 2012-05-25 21:31
原稿整理が進まない。 この1週間、かかりきりである。 120ページほどの、どちらかといえば短編だが 大胆な加筆訂正をしても なかなか「深さ」や「空気」が出てこない。 切っては貼り、貼っては切り、 文字を差し込み、それを削いで、 順序を入れ替え、組み換えの繰り返し。 テーマは「死」。 重苦しいが、避けては通れないこのテーマから いかに「生」を紡ぎ出すか。 編集者として、自分を消す。 申し訳ないが、著者の強すぎる思いの部分を削る。 徹底した引き算から生まれる、 何か香しいものを求めてはいるのだが、それが出てこない。 自分にダメ出しばかり。 自分を追いつめて追いつめて、 もう限界、といったときに、いつもは何かが降りてくる。 と信じてはいるが、今回は難しいかも。 拙著「家は夏も冬も旨とすべし」の読者から お手紙とその方の著書をいただく。 出版社気付で送られてきたものを、転送いただいた。 東京在住の一級建築士の方で、 感想のなかに「住宅本で涙を流したのは初めてです」の一文。 エネルギーより、性能より、デザインより、 その他もろもろのデータより 第5章を深く読み込んでくれたのだと思うと、 この方の視線が感じられ、うれしい。 わずか1通の感想の背景に 130人(だったと思う)、同じ感想を抱く読者がいる―― と教えてくれたのは、 老舗の大手書店・故D社長だったが、 この方のお手紙で 発刊以来の緊張が少し緩んだ。 ありがとうございました。 夜、NHK教育「ハートネットTV」を視る。 テーマは「女性の貧困」。 今日で三回目。 現在、単身男性の「相対的貧困率」は25%で、単身女性は32%。 カキコミ板に寄せられた500通もの 深刻なコメントに自分を重ね、胸が締め付けられる。 「強い人しか生き残れない社会は弱い社会だ」 とのコメントが沁みる。 「ちいさきは みな うつくし」(枕草子)の日本人の魂は どこに行ってしまったのだろう。 ただ、番組のなかで何度も述べられた「自尊」については違和感が残る。 自分に対する添削がなされない前提での他者批判は、 弱虫のぼくにはできない。 壁を感じたときにすること――。 掃除。 モノの整理→捨てる、捨てる、捨てる。 料理(必ず包丁を使い、下ごしらえもする料理)。 二日に一度は、空腹感をとことん味わう。 ネコにやさしくする。 そこらで会った人、誰でもいいから、挨拶をする。 多少、憎たらしくても、日に三度は家族に「ありがとう」という。 一人暮らしの人は、目に入ったもの、何でもいいから「ありがとう」と声がけする。 庭を見る。 草花に話しかける。 土をいじる。 ストロベリーチョコを五回に分けて食べる。 気に入った本を繰り返し、三回読む。 三回読んだ本の気に入った文章をノートに書き写す。 何でもいいから、書く。 近道を選ばない(計算はしても打算はしない)。 自分で気持ち悪いと思っても、こっそりフフッと笑ってみる。 控える。 身を低くする。 吐く息に意識を向ける。 「そのとき」を信じる。 「そのとき」をじっと待つ。 寝る。 こんな程度のことで、 この半世紀以上、孤独は感じても、 孤立というものを経験したことは、一度もなかった気がする。 アタマの構造が ぼくのように単純な人に限っての、コツである。 # by riverpress | 2012-05-17 00:17
朝から、原稿整理の日と決める。 この10年、おつきあいいただいている 在宅ホスピス医の本である。 24時間体制の先生だが これまで、取材や原稿のやり取りで 約束が守られなかったことは一度もない。 人に寄り添うこと、人を敬うこと――を医療の現場のみならず あらゆる場面で実践されてきた。 見本とすべき人が身近に少なくないことは へこみやすい自分には、救いのような気がする。 前日約束した原稿が続々とFAXで送られ、 読み込みながらの編集作業。 家での看取り、家族との別離――。 義母の件もあり、読んでいてハッとさせられる 内容がたくさんある。 この時期に、この仕事を頂戴する巡り合わせに感謝する。 原稿整理の合間を縫って、今日はなぜか電話が多く、十数本。 連休明けで、みんな人恋しくなったのかしらと思う。 その電話も、話していてホッとする人、 イライラする人、さまざまだ。 電話に限らず、仕事の現場では お金が絡むと、あからさまに人が変わるような人も少なくない。 ほんとに、いろんな人がいる。 愛別離苦(あいべつりく) 怨憎会苦(おんぞうえく) 前者は、いくら愛する人でも、いつかは別離しなければならない苦。 後者は、怨み憎む人にも会わなくてはならない苦。 お釈迦さまの言葉である。 人間、生きている限り、この苦からは 逃れることはできないということである。 ついでにいうと、怨憎会苦=は、 聖人ぶって、どんな人でも愛さなくてはならない、という意味ではない。 好きでも嫌いでも、尊敬できても軽蔑していても、 とりあえず相手を ホトケサマだと思って拝んでおけ、というような意味が含まれる。 そのくらいの「行」ならトライしてみようと思いもするが、 実は、そのくらいも、難しい。 人との別離は、生涯、慣れることなどありえないという、 妙な確信もある。 結局、いつもいつも、四苦八苦。 # by riverpress | 2012-05-08 21:57
縁台に座り、呆けた顔で 庭を眺めてばかりいた連休の前半。 娘夫婦がやってきて、いつもよりちょっとだけ 賑やかになった連休の後半。 一人でいるのも嫌いではないが、人は人といることで 特に家族がそろうとチカラが湧いてくる、ということを改めて知る。 いつの間にか、そこらのオトナと同じような形状になった 息子、娘をぼんやり眺めて あれ、この人たちとはどうやら 家族というものだったのねと客観視できるだけ 自分もオトナになった。 みんな、自分の持ち場に帰って行った。 家族といえども、 すでにそれぞれが抱える領域を理解し合うのは不可能である。 四半世紀を過ぎたおんぼろの家だが この家だけが、平等に、家族一人ひとりに 気配りをし、理解しようとしてくれているように思えてくる。 みんなが揃うと、家のなかの空気が色めき立つのは、 人のチカラもさることながら、家のチカラも大きいのではないか。 家族が発散する楽しさとか悲しさとか 苛立ちや諍い、笑顔や泣き顔、 それらみんなを吸ったり吐いたりして、 家だって生きてきたのだ。 ときどき、ぼくらを見守ってくれてありがとう、 と声をかけると、 家は必ず、まあどうも…と少し照れて微笑み返しをしてくれる。 大きさもデザインも性能もすべて中途半端な家だけど これが、自分の家なのだと 家族がそろって気づくこともあるらしい。 訳知り顔で家と環境との関係を書いたりもするけれど ほんとうは何もわかっちゃいない。 娘たちが帰って、シーツを洗ったり、掃除機をかけたり、 使ったお皿を整理したり、部屋のポプリに水をやったり そんな程度のことしか、ぼくには背負えない。 本音をいうと、環境問題なんて、 そんな壮大なことを論じるくらい、個々の人間は大きくないのだと思う。 小さな暮らしの営み、人と人との最低限の礼節、慈しみ。 それらが刻まれた場所には、必ず、永遠に枯れない花が咲く。 その花が一輪でも増えていけば、うれしい。 この連休、子どもたちに教わったこと。 # by riverpress | 2012-05-07 23:00
義母が入院して、間もなく3週間になる。 すでに口からの栄養は摂れず、チューブだらけとなり 痴呆も進む一方。 カミさんは毎日病院に通い ぼくはといえば、送迎を手助けするくらいしかできない。 「自分のオシメを取り替えてくれた人の オシメを交換できるなんて、シアワセだなあと思うんだ」 「…」 「汚いとか、そんなこと、少しも感じない」 「…」 「恩返しできるんだもの。シアワセだなあ」 「…」 「今日は『赤ずきんちゃん』読んであげたんだ」 「…」 「わざと間違えて読むと、『そこ違う』っていうんだ」 「…」 「笑わせるとね、ちゃんと笑ってくれる」 「…」 「与えるだけじゃなく、こっちもちゃんともらってる」 「…」 「ボケても母親なんだなあ」 「…」 「気持ちを受け取ってくれるって、私を信頼してるからだよね」 「…」 「あなたの気持ちを頂きました、っていうのも『布施』だと思う」 「…」 「こんなになっても、母娘でいられるって実感できるんだ」 「…」 「ありがたいよね」 「…」 「痴呆になっても、娘の私にいろんなことを教えてくれるんだから」 「…」 「向かいのベッドの(ガンの終末期)のお母さんも、私が行くとね」 「…」 「もう話せる状態でないんだけど、いつも笑顔で迎えてくれるんだ」 「…」 「品格だよね、その人の」 「…」 「毎日、たくさんのこと、勉強させてもらっている」 「…」 「ありがたいよね」 # by riverpress | 2012-05-01 17:58
27日。 ホテルメトロポリタン・ニューウイング。 住宅グループの総会でお話させていただく。 30人弱の会合とのことで伺ったが 大きな会場に100人弱、その道のプロばかり。 腹を括って90分。 反論があろうがなかろうが、 自分は業界に媚びるのではなく、生活者の立ち位置にいるのだと 自分に言い聞かせながら、話す。 本を持参したが、持参した分(ほぼ同情で)買っていただいた。 T社のSさんが、販売を手伝ってくれる。 両替にまで走ってもらって恐縮。 エライ人がふつうのことを当たり前にすると もっとエラク見えてくる。 エラクもない奴が偉そうにしていると、 ただのアホにしか見えない。 人間って、むずかしい。 ぼくは、今日、どんなチョコを買おうかなと 真剣に考えているだけで 「エラそうに見える」とか「機嫌が悪そうに見える」とかいわれるので、 気を付けようと思う。 28日。 午前と夕刻、二回に分けて撮影。 引き渡し直前であり、大工さんも施主さんも、 内装屋さんも、その他もろもろの人たちが出入りするなかでの撮影は 困難を極める。 もっとも、アンカー作業の最中での撮影など あちらにとっても迷惑な話。 小さくなりながら、隅っこで細々と撮る。 日の入り直後、 窓の外の空気が青く写るブルーアワーを狙ったが これも人の動きが激しく断念。 わずか10分程度のチャンスしかないだけに、難しいのは当たり前。 日もとっぷり暮れて、朱色の灯りが漏れる家をあとにする。 振り返って、ああ、いい家だなあと思う。 この家族を守ってあげてくださいね、と家に向かって祈る。 夜。 NHKの「SONGS」で尾崎豊。 この人の番組はドキュメンタリーを含めて何度も観て 何本も録画もあるのだが、 全編を通して観終わり、ただただ悲しくなる。 何より悲しいのは、 この人の歌にあるような世界を生きるはずだったのに いつの間にか、 贅肉と欲望だらけの人間になってしまった自分。 ――それからまた二人は目を閉じるよ 悲しい歌に 愛がしらけてしまわぬように(I LOVE YOU) 「悲しい歌」って、何だろう。 ぼくには「自分が自分でなくなるようなこと」のように聞こえてくる。 じっと目を閉じ、それに耐え、ときには 目のみならず、全身を閉じきって、 虚実の自分と闘わなければならない…そう聞こえてくるのである。 一緒に観ていたカミさんがクシュンとしながら 「父さんは、いまだって、そうやって生きているよ」 といってくれて、こっちもクシュンとなる。 この人も、6年3か月に一度くらい、いいことをいう。 29日。 朝から現像。合間を縫って、原稿整理。 昼近く、カミさんをヨーガの教室まで送って、 帰りにボックオフに寄る。 宮本輝、河合隼雄、井上靖、遠藤周作、三島由紀夫。 本日も全5冊、計525円。 午後、病院の帰りのカミさんを迎えに行く。 しばらく、こんな生活が続きそうだ。 ![]() ※ 日の入り直後の10分ほど、カメラには空気が 素敵な青になって写り込みます。 このわずかな時間帯をマジックアワーとかブルーアワーとかいいます。 # by riverpress | 2012-04-29 22:19
毎日、何度も外に出て縁台に腰掛ける時間があるのに、 狭い庭のかんばせの移ろいにさえ気づかぬ自分。 ついこの間まで、足元に雪があり 屋根からの氷柱が タタタタと水滴になって 溶け落ちるその音に春の予感を感じていたばかり。 いつの間にか、湿り気たっぷりの黒い土に 幾輪かの花の色が添えられている。 時間はこうして、静かに、速く、雪のように溶けていく。 昔、子どもたちがまだ小さな頃、 何度も繰り返して 観たビデオに「スノーマン」という作品があった。 ――ある朝、男の子が目を覚ますと、窓の外は一面の銀世界。 男の子は雪だるまを作り、 その夜、時計の針が12時を指したとき、雪だるまは生命を得る。 男の子と雪だるまは家を抜け出し 一緒になって 森や海の上を飛び、雪だるまたちのパーティ会場にも行って サンタクロースからマフラーをプレゼントされたりする。 再び空を飛んで自宅へ帰った男の子は深い眠りにつく。 翌朝、目が覚め、 パジャマのまま急いで外に駆けていくと、 溶けて消えた雪だるまのあと…という短いお話である。 物語にはほとんどセリフはなく、 空の旅のところでかかる "Walkin in the air"のボーイソプラノがとても美しい。 レイモンド・ブリッグスの絵本の雰囲気をこわさず 繊細に作りあげたこのアニメーションは、いまも我が家の宝となっている。 春が苦手なのは、四季のなかで とりわけ進む速度が速すぎて、 ぼくの身体も精神も、それに追いつかないからである。 そして、ぼくのなかには、 春という季節が、 大好きな「スノーマン」を消してしまったという怨念も、少しある。 ![]() 作・絵: レイモンド・ブリッグズ 出版社: 評論社 税込価格: ¥1,680 (本体価格:¥1,600) 発行日: 1998年10月 ISBN: 9784566003972 # by riverpress | 2012-04-26 23:52
北海道から帰って以来、体調不良。 寝込むほどではないが 首、肩、腰、そして目がこわばって 要はひどい肩こり状態。 急ぎの仕事に義母の入院が重なり 家のなかの何もかもがせわしなく、気持ちも落ち着かぬまま。 パソコンでの執筆、PDFでの校正、編集。 コメカミにヒビが入りそう。 少し無理をして、新しいカメラを購入。 今回の札幌での取材時、 安いコンパクトデジカメを持っていったが 現像してみると子どものおもちゃのレベル。 よほどの取材や撮影でない限り 一眼レフは持たないことにしているが(レンズを含めると2キロ近くになる)、 この失敗に懲りて、一眼の画質に迫るというふれこみの、 最上位機種とした。 が、これもしょせんはコンパクト。 RAW現像でなんとかごまかせるレベルのもので、がっくり。 数百枚の試し撮り、現像ソフトの設定。 夢の中にも、シャープやコントラスト、ノイズ、露出補正の数値が出てくる。 新しいパンツを買ったほうがよかった。 全身でデジタルを拒否している。 パソコンもデジカメも、もうウンザリ。 鉛筆がいい。フィルムが恋しい。 目がかすんでも、 夜になると、狂ったように、本を手に取り、読む。 紙への愛撫。 本の重さの感触、ページを開くときのシャラッとした音、 古いインクの匂い、無駄な光を発しない活字。 脳と身体が歓ぶ。 山本周五郎、宮本輝、船山馨、川上弘美、 ドナルド・キーン、米原万里、佐野洋子、塩野米松、徳永進…と、 この半月で読んだ本は10冊以上。 2日に1冊の割合で、むさぼるようにして読む。 いずれも再読、再再読、再再再読。 読みたくて読んだのではない。 本を手に取りたくて、ついでに読んだ、という感じ。 本で線引きした部分をメモ帳に書き写す。 鉛筆のじれったさが、 SともMともいえぬ不思議な快感に変わる。 デジタル以外のものすべてに 生身の女の肌のようなエロスを感じるのだから、ヤバイ。 大嫌いな、サクラ咲く、この季節。 毎年、必ずといっていいほど、こんなふうに狂ってしまう。 身体は正直。 # by riverpress | 2012-04-24 22:11
つなぎ温泉のTホテルで講演。 参加者は、給湯・冷暖房機器関連設備店のオーナー80名弱。 依頼を受けたとき 設備のプロにお話しできる内容も自信もないと いったんお断りしたが、 これからは家の性能との関係が密接になるだけにぜひ、 とのことでお引き受けした。 自分でも呆れるくらい、内容はいつもと変わらず、である。 話をしながら、 壇上から一人ひとりの顔を舐めるようにして眺める。 みなさん、退屈はしていないか。 不安はその一点。 90分を一気に話し終え、 先日出版した拙著「家は夏も冬も旨とすべし」を 会場の外に立って頒布。 恥ずかしかったが、自分のためだけでなく 多額の費用をかけて上梓してくれた出版社のためにも 1冊でも多く売らねばならない。 2冊も売れればよし、と思っていたが わずか5分で持参した15冊は完売。 売り切れですか、と残念がる方々が何人もいて反省する。 読みが浅かった。 数年前、関西のある街で数社の工務店さんと 食事をともにしたことがあった。 予算の範囲内で最大の利益を出すのが先決であり 施主の希望は二の次、設備は余った予算で業者にブン投げ、 的な話が繰り返され驚いた。 家の性能が遅々としている日本では 皮肉なことに、設備の性能は劇的な進化を遂げた。 家の性能の弱さを設備でフォローするしか、 居住環境向上の道がなかったからである。 そんな設備に責任を預け 自らが身を置く建築の世界で努力もせずに その尻拭いを設備業者にさせてきた住宅業界の責任は重い。 家の性能に目もくれず 設備の力だけで快適さを求めてきた施主の意識の低さは より深刻な問題といってよい。 太陽光、蓄電池、発電機…と重装備で高価な設備だらけの なんだかハウスが売上を伸ばしているが その前に考えるべきことは、星の数ほどある。 エネルギー削減は、終の棲家を具現する万分の一の要素でしかない。 実直な眼差しで じっと話を聞いてくれた設備屋さんたちを見ながら、 この人たちが報われるには…と、 恥ずかしながら、この自分も、初めて真剣に考えた日。 # by riverpress | 2012-04-17 23:53
昼飯を食べて、縁側で呆けていたら ピンポーン。 ドアを開けると、K市のMさん夫妻。 びっくりして、「どうぞお茶でも」と勧めるが辞退され ほんの一言、二言交わしただけで お二人仲良く、ブーンとクルマに乗って去っていった。 拙著出版のお祝いを一言と、 盛岡に来たついでに、わざわざここを探して来てくれたのである。 もう何年も前のK市でのセミナーで初めてお会いし その後は盛岡での茶話会にも参加され 素晴らしい家を建てられた。 昨年末、その家を拝見しにうかがったが 残念ながらご主人はお留守で、奥様としかお会いできなかった。 家の完成後も「家と人。」を購読いただき 郵便振替用紙のメモ欄には、いつも奥様の一言が添えられている。 何という温かなご夫婦だろうと わが身の不義理さを振り返りながら、ずっと尊敬してきたのである。 あっという間の数分間。 ああ、いい顔だなあと、心の底から感心して 落ち込んでいた気持ちが 霧が晴れたかのように明るくなった。 実はこの1週間、身体がすっかりこわばってしまい、 それに甘えて仕事をさぼってばかりいたのだった。 ここに何度も書いたように 本は発刊されると同時に、ぼくたちの手を離れて 一人で旅をする。 仮に1回当たり3000部の1割しか人の手に渡らなくとも それを繰り返すとことで(「家と人。」は今号で24号目) 数千の人の手元に残り その家族や知人を含めると万の単位となって それぞれの生活を覚醒させ 家の場合は実際にかたちとなって後世に残っていく。 そんななかで、ひょんな縁から おつきあいが始まり(それが長く続く読者は限られるが) ぼくにとっては、そうした方々が 金銭などよりはるかに貴重な財産となっているのである。 どんなに孤独を感じるときでも そうだよな、きっと本はいい旅をしている、 それを編んだぼくだって、一人ではないのだと思うと、力が出る。 ご主人のMさんは、間もなく大きな手術を控えているが それでもなお、 ぼくのような人間に「元気を出せよ」とチカラを与えてくれた。 よしっ、という気持ちになる。 神様は、時々、こんな素敵な魔法を使う。 # by riverpress | 2012-04-16 23:58
6日-9日、北海道。 この1カ月、B型母の体調がよろしくなく 実家に顔を出し、 その後、札幌に移動し建築家・Kさんの物件を取材。 車椅子の息子さんが住まう家である。 30年前に建てられた。 温熱環境の面でバリアがないのは北海道ならではで 断熱や暖房のことなど話題にもならない。 障害をもってもなお、 一人で自活できる、生き場所、そして死に場所としての 緻密な設計の数々に、ただただ驚愕する。 そのうえ、オレゴンパインを壁の全面に使った 木質感あふれる空間が美しい。 メディアの人間がこの家に入ったのは、 この30年でぼくが初めてとのこと。 それだけ、ご家族に気を許していただいたことがうれしい。 自分はこれまで 家の何を見て、何を語り、何を伝えようとしていたのか。 家を一周し、話を聞き、 これまでの価値観の全てが瓦解。 出直しである。 10日。 S新聞社・T編集長と一献。 朝の3時過ぎに長野を出て岩手に入り、 宮古で取材をし、盛岡まで実に15時間の行程。 自らクルマを運転し、被災地の取材に来たのである。 11歳も年下とはいえ、そのパワーに敬服。 一軒の店で、二人でじっくり5時間。 時間は静かに、しかし、急いで過ぎていく。 この人と飲むのは3度目だが、 いつも穏やかでいい時間をいただく。 11日。 朝から、静かな日。 電話は一つもなく、メールも2件のみ。 新しい本の仕事が入った。 早速、そのプロットを練ろうとするが、 どうにも身が入らない。 なぜか元気のないB型母の顔が、繰り返し浮かんでくる。 「施設に入ろうか」 「この家、いくらで売れるのかな」 これまで弱音を吐いたことのないB型母が、 今回は、独り言のように、何度もこんな言葉を口にした。 「盛岡に来ればいい」 「おまえなんかに邪魔にされながら、生きたくない」 振り返れば、両親と暮らしたのは、18年間だけ。 おおよその家庭では、そんなものだろう。 親子とはいえ、この世に生まれて 人と人とが巡り合い、そこに慈しみや情が芽生えて いつしか、それを抱えたままの別離。 出会いと別れ、生と死は、改めて腹背の関係なのだと思う。 盛岡に来たのが正解だったのか、否であったか。 自らに、それを問うまいと誓ってきたが、 このことを思う日は、不思議と雨が降る。 # by riverpress | 2012-04-12 00:18
お世話になった方々への「家は夏も冬も旨とすべし」の 贈呈発送作業を終える。 手元にある部数が限られるため、 ご案内だけを発送した方々も少なくなく、申し訳なく思う。 まるで「買ってね」攻勢。 図々しいと思われてもしょうがない。 ごめんなさい。 企画の立ち上げ時、 「ニッポンのために、書きなさい」と背中を押してくれた Aさん宅にも送る。 編集の途中で亡くなったのが残念でならない。 ご家族に「せめて一夜でも、ご仏壇に置いてください」 との手紙を添える。 印刷会社に出向いて「家と人。」24号の色校正も終了。 最後の最後で2字の校正ミスを発見。 「メートル」が「ートル」、 「TEL」で統一していたはずが一か所「Tel」となっていた。 幸い、この本に載る著者もクライアントさんも 細かなことでクレームをつける人などいない。 しかし、ミスはミス。 今回も計5校。 考えてみれば、10万字のなかの1字もミスがないこと自体が 奇跡のようなものなのだ。 徒労、苦労で本ができるころには、開く気力もなし。 Sさん宅に弔問。 残されたご家族とお会いするのは、とても辛い。 仏壇に手を合わせながら 心のなかで呟く。 「また、ね」 不条理の代表といえる「死」ではあるが いつの頃からか、その理由は探さないことに決めた。 ぼくのなかでは、ご縁のあった人は全て、 またいつか、必ず会えるものと信じているからだ。 不条理の背中に回って、生きる道を探る。 迷う、悩む、泣き叫び、歓喜する。 その繰り返しをヨイショっと抱っこしていくと、 まんざらでもないことがたまに起きる。 それで、十分だ。 でも、ほんとうのことをいえば、 この1週間、誰にもわからないところで 女子みたいに、たくさん泣いた。 泣き過ぎると、景色が妙にはっきりと見えてくる。 ドライアイには、よいらしい。 ![]() ※ 「家と人。」24号。 前号は震災の影響を強く受けて4ページ減となったが 今回はそれを挽回すべく8ページ増とした。 創刊以来、初めて92ページ。 そして、創刊以来、初の全ページ、ぼく一人の責任編集。 アシスタントさんは産休中で、カミさんはこの世界のド素人。 取材も写真も文章も(寄稿以外)、全部やるしかなかったのである。 でも、楽しかった。 特集1は、家の部位の表情を集めた「家の貌」。 特集2は、ホームスパン。 県内書店では、4月4日頃から順次、販売開始。 # by riverpress | 2012-03-28 23:48
「ムーミン」の話が好きだ。 昔の岸田今日子さんの声のアニメがいいのだけど 再放送にはなかなか巡り合えない。 仕方がなく、本を何冊か買って大事にしている。 ムーミンのほんとうの名前は「ムーミントロール」。 甘えん坊で、傷つきやすく 吟遊詩人のスナフキンに憧れている。 いや、崇拝さえしている。 住所は「どんなところよりも美しい谷」である。 ムーミンパパは責任感が強いが、すぐに挫折をするナイーブな紳士。 仕事はしていないみたい。 ムーミンママは癒し系代表のような存在だが 頼りになって前向き。 でも、ものごとにも人にも、けっして執着しない ある意味、頑固な性格だ。 ちびのミイ、スノークといった女子(かどうかわからない) 頭のちょっと軽いスニフなんかがいつもムーミンのそばにいて やっかいな騒動を起こしたりもするが、 ムーミンの家族もムーミン谷も基本的にはいつものんびり、平和である。 作者のトーベ・ヤンソンはこう語っている。 「ムーミンの家族はいたって自然なかたちでしあわせなので 自分たちがしあわせだということさえ知らない」 スナフキンに憧れる人は多い。 スナフキンは、毎年、秋になると一人旅に出る。 持ち物は小さなリュックとハーモニカだけ。 旅から帰っても、 小川のほとりの空地で寝泊まりするくらい孤独を愛するが けっして冷たい人ではなく 誰にでも一定の距離を保つオトナである。 もう40年も前から、ぼくはスナフキンのように生きたいと願ってきた。 神社の神様にも 仏壇のご先祖さんにも「スナフキンみたいになれますように」と 何度も真面目にお願いをしてきたのだ。 でも、夢は叶わず、 日常のなかに埋没する日々を送る 面白くもなんともないオトナになってしまった。 でも、最近少し成長したのか やっぱり、ムーミンはすごいって、思うようになった。 目の前の相手、セイカツに逐一、 真剣に向き合って 尽きることない小さな悩みを抱え続けている。 時々、冒険もあるけれど クソ面白くない日常を維持するには、 実は、とてつもない力が必要だ。 スナフキンに憧れながらも ムーミンはけっしてスナフキンになろうとはしない。 いまを生きることをバカにしていないので、 ほんとうのところ、退屈している暇はないのである。 冬の間、ムーミンの家で寝泊まりしていた客たちも 春になるとみんな自分のところに帰っていく。 残されるのは空っぽのジャム瓶とゴミの山。 ムーミンたちが冬眠から目覚めるのは、だいだい4月頃から。 この時期になると ムーミン谷のみんなは冬眠から目覚めただろうかと 妄想に明け暮れる自分がいる。 スナフキンにはなれなかったけど ほんの少しなら、ムーミンに近づけそうな気がする。 雪でも雨でも寒くても、 小さな小さな悩みばっかりでも、もう春。 4月になったら、そこんとこ、 もうちょっと、真剣に考えないとな、と思っている。 そこんとこ。 ![]() ムーミンのたからもの (講談社の創作絵本) # by riverpress | 2012-03-27 23:31
午前、県立美術館。 気持ちが萎えそうになると、ここに来る。 真っ直ぐに松本竣介・舟越保武展示室に向かう。 入り口正面に松本俊介の「序説」。海の底のような深い青の100号。 明るくはない。暗くもない。希望でも絶望でもない。 かすかな哀切と生の力が、静かにせめぎ合う作品だ。 反時計回りで、一枚一枚、竣介の作品を巡り、 その先に舟越保武のコーナー。 迎えてくれるのは「ダミアン神父」のブロンズ像。 2メートルの大作で、台にのっているので、一層大きく見える。 ベルギー人のダミアン神父(1840-1889)は 1873年、自ら志願し宣教師として ハンセン病患者が収容されるハワイ・モロカイ島に赴く。 治療薬のない当時、この島に来ることは死を意味した。 神父はやがて同じ病者となり、この島で没する。 作品は、大小の瘤で醜く腫れ上がった神父の顔や手足を 鮮明に描きながらも、 その全身から崇高な気品を放っている。 激烈ともいえる存在感に圧倒され、 ぼくはいつも、数分間、身動きできなくなる。 ほかの人がいなければ、何時間でもその前に(震えながら) 佇んでいたくなる。 自分のなかにある弱さもずるさも醜さも全て見通され それでもなお、存在を肯定してくれるやさしさ。 「あなたの務めとは何ですか」と問われるような気がしてくる。 人間である、のではなく、 人間になる、ための過程とは――。 ぼくは特定の宗教を持つ人間ではないが、 もしも自分が死ぬとき 傍らにこの彫刻があったなら、どんなにか安心して 旅立つことができるだろうかと考えてしまう。 滞在時間は、いつも30分程度。 他は観ずに、館を出る。 空を見上げて「ツトメかあ」とため息混じりの独り言。 入館料400円。 # by riverpress | 2012-03-19 00:19
最終校正が続々と戻ってきて その都度、ゲラに赤を入れてまた最初から読み直す。 初校、再校、3校を経て、 次第に赤は減ってはくるが、なかなかゼロにはならない。 住所のなかの「緑ヶ丘」→「緑が丘」 単位の「W/㎡K」→「W/㎡・K」、「KW」→「kW」などなど 誤植を訂正するオペレーションの段階で 見過ごす文字はすこぶる多く、 校正のプロでも、 かなりの専門知識がないと「家と人。」の校正は難しい。 おまけに、アシスタントさんは産休中なので、全て一人での作業。 ゲラの赤字をある程度まとめて、デザイン事務所にFAXをする。 「14時までにお願いします」 などと、さりげなくキツイ伝言を書き添える。 14時になると、続々とゲラのPDFがメールで送られてくる。 時間に正確なデザイナーさんなので、ほんとうに助かる。 それらをまたプリントし、前の校正と見比べる。 また、赤の入ったものをFAX。 この繰り返しを92ページ×3回、4回もしていると、 こんなにたくさんの人にお世話になってできている本なのに 一人ぼっちを感じる。 いろんな人がいる。 連絡をすると、すぐにレスを返してくれる人もいれば 半月経ってから「あれ、なんだっけ」という人、 これでもかというくらいに、100%完全無欠、約束を守らない人。 雑誌の編集という仕事は、相手にする人の数が膨大なだけに 個々人の癖に合わせていくのが、いちばんの仕事といってよい。 何年もかかって築いてきた人間関係も、 一言二言で簡単に壊すことができるのを知っているからこそ、 少々のことはじっと我慢をする。 それでも、自分を振り返ると、低姿勢や謙虚さとはほど遠い。 著者やクライアントに向かって 「忙しい? ナニ言ってんの。明日の10時まで校正を送ること!」 「電話じゃだめ。あとで、そこんとこ、メモ、メールで」 「書き直し? いや、バサッと削りましょう、バサッと」 何度繰り返しても 赤が減らないゲラを送ると、デザイナーさんからも苦情の電話が入る。 1行増えても、1行減っても 誌面全体のレイアウトの再調整が必要なのである。 写真の増減などはもってのほかで、その都度、全体の組み直しとなる。 「行数ぴったりになるように、あと1行、なんとかしてよ」 「ここで1行減ると、見出しがノド(見開きの中央)にかかるんだよ」 「写真を削る? ほかの写真ないの、ほかの」 といった具合で、「そこをなんとか」→受話器の向こうのため息で おおよそは終結する。 腹の立つことが、日々、あまりにも多いのだけれど 本の完成が近づくにつれ ぼくはいつも、人のやさしさというものに感動する。 何をいっても、一緒に寄り添い、やり遂げてくれたのだ。 いくつもの問題が、一人ひとりの癖が 結局は、誰かの役に立ち、必要とされていたのだと思えてくる。 この世をより深く知るには やっぱり、人との関わりから、逃れられないみたいです。 # by riverpress | 2012-03-16 00:57
父と二人きりで飲み屋で飲んだことが 一度だけある。 実家のある街の「親不孝通り」と呼ばれる、 駅前通りから2本の細い道を入った裏通り。 確か大学3年の春休みの頃で、 当時はまだ赤や紫のネオンが通りに寂しく揺らめいて さびれた店と店の間の闇には そこにしかない 沼に浮くガスのような、澱んだ呼吸がうごめいていた。 5、6人が座れるカウンターだけの薄暗い店であった。 ぼくは生まれて初めて、父と肩を並べてそのカウンターに座った。 カウンターのなかにはおばさんが一人。 年は父と同じくらいで 言葉に少し訛りがあって、癖のあるそのイントネーションで ぼくはすぐに朝鮮の人だとわかった。 炭鉱で栄えたぼくの街には 戦時中からたくさんの朝鮮の人や中国の人が送り込まれた。 公園の山の麓の目立たない林のなかには 当時、タコ部屋で亡くなった彼らのための慰霊碑が ひっそりと建っている。 父は年に何度か、この公園の裏山まで山菜採りに ぼくを連れて行き その帰り、碑の前に立っては、 ぼんやりと煙草をふかしていたのを覚えている。 「タコのように、自分で自分の身体を食らうほど、 メシも与えらず、働きずくめで死んでいった人たちがいた」 父はそこに来るたび、同じ言葉を繰り返した。 その人たちの子孫なのかどうかはわからないが かなりの数の朝鮮や中国の人たちが 街に残って暮らしていたのである。 北海道では、関東や関西のようにひどい差別がないからだ、 という話を父から何度か聞いた。 おばさんは、「へえ、これが息子さん」といって ぼくの顔を真顔で覗き込むようにして見た。 年は年でも、この世界に生きる人特有の色香があって 品のいい細い顔と パーマのかかった真っ黒な髪が、壁の照明を受けて朱色の艶を湛え 二十歳を過ぎたばかりのぼくでも、 いい女だな、と思った。 と同時に、父がぼくの生まれる前からこの店に通っていることを知り 父の顔とふつうの男の顔とが交錯し ぼくの知らない顔をした父が、ぼくの知らないことを ぼくの知らない この人と話していたことを想像して、さびしい気持ちになった。 父はサハリンの生まれであり、この人も異国の人。 この街は所詮、 自分たちの故郷などではないという その共通項がはっと頭に浮かんだとき、 目の前の二人を結ぶか細い糸のようなものが見えてきて、 ぼくは軽い憎悪も覚えたのである。 父は黙ったまま飲んでいた。 店のなかの沈黙が息苦しく迫って、ぼくはそれに耐えきれず、 「おばさん、子どもは?」と尋ねた。 「いたけど、いない」 「内地(本州)に行ったの?」 「死んだ」 一瞬、重苦しさがあたりに充満して、 おばさんは、ぼくたちの目の前でコップを洗い始めた。 沈黙に分け入るように、「せっかく育てたのにな」と父がいった。 「育てた?」 といって顔を上げたおばさんは、カラカラと笑った。 「育てた覚えなんかないね。育つのを見ていただけ」 おばさんの顔から笑顔が消えていた。 ぼくは何を話していいのかわからず、一気にコップのビールを空けた。 そのあと、どのくらいの時間、店にいたのかは覚えていない。 何を話したのかも。 ただ、店を出てから父と肩を並べて安っぽいネオンの下を歩き 空知川に架かる大きな橋を渡って、 二人で家路についたことは、なぜか記憶に残っている。 「息子さん、なんで死んだの」と尋ねるぼくに、 父は「知らん」とだけいった。 ほんとは知ってるくせに、とはいえなかった。 3月とはいえ、道路の雪は半端に溶けてそのあと凍ってしまい 時折、ツルッと滑っては、ぼくは父の肩につかまった。 蒼い月が空にはりつくようにして、ぼんやりと光っていた。 「育つのを見ていただけ」 投げやりとも思えるこの言葉が、 どうして温かく感じるのだろうと、そのことばかりを考えていた。 # by riverpress | 2012-03-14 23:07
11日。 新聞、テレビ。 あらゆるメディアが震災関連の特集。 正義、正論、同情。 「悲劇の取材ほど、簡単なものはない」 札幌にいたころ、 先輩に教わったこの言葉が、頭のなかをグルグルと回る。 安直に、その部類のテーマを 扱ってはならないという戒めの言葉でもあった。 見てられない。読んでいられない。 朝から、あらゆる情報をシャットアウトする。 午後。 産休中のアシスタントさんが、 先月21日に生まれたばかりの赤ちゃんを連れて遊びにきた。 旦那さんも、4歳になったアーちゃんも一緒。 握りこぶしくらいしかない小さな顔に ちゃんと目も鼻も口もついている。 ボールペンの芯くらいの細さしかない手の指。 抱かしてもらうと、ちょうどウチの猫くらいの大きさ、重さ。 自分もこんな小さな赤ちゃんをお風呂に入れたり、 おしめを取り替えたりしてきたのかしら。 頭のなかでは覚えてはいないが、 親指と小指で耳を塞いでお風呂に入れたときに、わずかに動く小さな足や おしめを開いたときのオシッコやウンチの匂いは はっきりと覚えている。 頭より、五感に刻まれる記憶のほうがずっと正確。 イチゴの好きなアーちゃんに 「毎日、どっさりイチゴを食わせるから、おじさんの子どもになれ」 とからかうと、すごく難しい顔で「いやーっ!!」と叫んだ。 3キロ前後しかないこんな小さなイキモノが やがて否が応でも、歓びも悲しみも苦しみも裏切りも そんじゃそこらに準備された世間のなかに放り込まれていく。 それを成長と呼ぶのなら あまりに正論過ぎて、クシャミが出そうだ。 赤ちゃんを見ていると、 大人になるということが、とても残酷なことに思えてならない。 「世間」という言葉には、 もともと梵語で「壊されるもの」という意味がある。 薄氷のように脆く、壊れそうなところを進むので、 世間は「歩く」ではなく「渡る」というのである。 赤ちゃんの顔をじっと眺めながら、心のなかで何度もこう呟く。 「ゆっくり行け、ゆっくりね」 # by riverpress | 2012-03-13 01:02
本の見本が届く。 最初の打ち合わせが、昨年6月。 すぐに資料の準備に取り掛かり、 北海道に飛び、取材を始めたのが7月だった。 日常業務の傍らで少しずつ書き始め 最初の原稿を書き上げたのが11月。 しかし、原稿は編集者から全面見直しを指示され、 再度まとめ直したのが12月初旬。 この時点で240ページだったものが200ページとなった。 確かに、無駄の多い原稿だった。 熱くなって書いていた。 (ぼくたちの鉄則は、熱く訊け、冷めて書け、である) 4校までして、その後は一気に作業が進む。 全てのスケジュール、約束事は全てきっちりと守られ 見本が届いた今日のことも、当初の予定通り。 内容は、家づくりの基本、である。 しかし、いい家を建てたつもりでも、家族の暮らしの有り様で houseはhomeになり得ない――という 家族の営みの内面にまで少し踏み込んだ。 この20年で取材をした 性能の裏付けのある家は1100軒以上。 取材を通して感じたことを ノウハウ本にならぬよう配慮しながら、まとめた。 「家と人。」の読者には、物足りないほど基本的な事項が多くなったが 出版社の意向で、ターゲットは東京、大阪の大消費地の読者。 Q1住宅が普通になっている(「家と人。」の周辺だけだが)当地の概念ではなく 次世代省エネルギー基準Ⅰ地域仕様の家が 大消費地にこそ、一軒でも増えることをテーマに掲げている。 被災地で量産されつつある 安かろう悪かろう住宅をけん制できれば、との願いも込めた。 この出版社での著作は4作目。 99年に上梓した「建ててよかった快適・健康住宅」は これまで7刷となり、全国から数えきれないほどの感想が寄せられた。 忘れられないのは、阪神・淡路大震災で家を失ったある家族が 同著を読んで、自宅が再び完成するまでの過程の写真に メモを添えて1冊のアルバムにまとめ 送ってくださったことだった。 添えられた長い手紙とともに、一生の宝物となっている。 怖くて、本を開けない。 誤字はないか。データに誤りはないか。 裏付けは確かか。 情報を発信する者にとっては、いずれもつきものなのだが 今回はなぜか、 胸が押し潰されそうになるほど、怖さを感じる。 特に、机上やイデオロギーで家を考えている人たちからの中傷が怖い。 怖いのではなく、いちいち反論するのが 面倒なだけかもしれない。 家のことに関わるようになってから 取材、セミナーなどでお世話になった方々は全国で8500人を超える。 みなさんに教わってきたことを 代弁、もしくは翻訳をしてお伝えするしか、ぼくには能がないのである。 日頃からお世話になっている工務店の方々、 取材を受けてくださった方々、 これまで全国で400回を数える講演やセミナーの段取り・運営で 裏方に徹してくださった方々、 そして、最後まで寄り添ってくれた編集者のMさんに 改めて感謝申し上げます。 一人にひとりにとって、健やかな暮らしの器ができますように。 ![]() ※ 「家は夏も冬も旨とすべし」 =温熱環境から考える快適・健康住宅= 加藤大志朗 著 定価1680円(税込) 四六判214ページ 3月13日から全国主要書店に配本開始。 お申し込みは―― 日本評論社 東京都豊島区大塚3-12-4 TEL03-3987-8621 FAX03-3987-8590 ※FAXで ・書名 ・住所 ・氏名 ・電話 を書いて申し込むと後払い(郵便振替同封)で送付してくれます。 # by riverpress | 2012-03-10 00:20
新聞のテレビ欄を眺めていて あ、今日はこれあるんだ、と気づいたときに 視るようにしているのが「世界ふれあい街歩き」と「旅のチカラ」(NHK)。 前者は文字通り、世界の街を旅するもので 人の目線の高さで構えた 手持ちカメラが狭い路地など町の裏側までゆったりと散策する。 後者はゲストが個々に思いを抱く街に旅して、 人生の次のステップを発見するという内容。 芸術家から役者、音楽家、 いろんなジャンルの人が「次のステップ」のための何かに挑戦する。 両者ともに、内容もいいのだけど テーマ音楽が流れてくるだけで、なぜか、クッとなる。 「世界ふれあい街歩き」は村井秀清さんの音楽。 アジアであろうがアメリカであろうが、 この音楽が流れてくると、 街の空気が視ている側にまですっと届いて 肌をやさしく撫でてくる。 街の匂いが鼻をくすぐり、 風に揺れる木々の葉擦れさえ、音楽にのって聞こえてきそうだ。 街の人たちの表情がたくさん映る。 みんな「大丈夫、一人でもさびしくないよ」と語りかけてくるように見えるのは、 この音楽があるからこそなのだと思う。 「旅のチカラ」の音楽は、中島ノブユキさん。 チカラ、といっても音楽はやさしいピアノ。 小さな一歩、一歩を感じるかわいいリズムで始まって、 やがて広―い空が見えてくる。 静かだけど、はっきりとした眩しい光が、遠くに感じられる。 透明な水の流れのように、こちらの気持ちが澄んでいく。 「その一歩を踏み出す」という、このタイトルがいい。 「がんばろう」とか「絆」だとか、 身の置き所のない冷たくなげやりな言葉ではなく、 「その一歩」という具体策が、きっちりと示されている。 そうか、迷ってるけど まず、その一歩なんだよね、一歩、一歩…と自然とチカラがわいてくる。 と、ここまで書いて、 今日のBSプレミアム「SONGS」は矢沢永吉。 テレビをつけると、ちょうど大好きな「チャイナタウン」が始まっていた。 横浜の山下埠頭でバイトをしていたころ この曲がラジオから流れてきて、 船荷を担ぎながらポロポロと泣けてきたことがあった。 20歳だった。 真っ直ぐで、愚直で 「空のポケットに、夢ばかり詰め込んで」生きていた時代。 60歳過ぎても、カッコいいな、永ちゃん。 画面に釘付け。 男はやっぱり髪だな、と再確認。 # by riverpress | 2012-03-08 23:48
4日、宮古。 ユーザ向けセミナーでお話をさせていただく。 あまり、おつきあいのない工務店さんのグループ主催だが 地元の方々に 少しでもお役に立てればとお引き受けした。 津波で家を失った方、3組。 うち一人は、3年前に建てたばかりのオール電化の家を失っている。 質問の時間、一人の若い男性が手をあげた。 「この5年で高台移転が進む。そのラッシュ時の対応をどう考えるか」 地元もしくは県内の住宅業界の総力をあげても 間に合うことなど考えられない状況下で、 さらに自分たちが置き去りにされていくのではないか、 という懸念と受け取る。 工務店の方々は「想像がつかない」といい ぼくは「来年であろうが、5年後であろうが、軸はぶれぬように」 と答えるしかできなかった。 「(大切なその軸について)メディアはきちんと伝えているのか」 もっともそれが必要な人たちに、 もっとも大切にすべきその「軸」が伝わっていない、という指摘であった。 その「軸」を求めて、被災地からたくさんの人が 内陸の展示場を訪れている。 その展示場は例外なく大手メディアが設けた展示場である。 出展者は県内ではなく、中央に本社を置く 資本力のある大手企業に限定され これまで被災地で地道に町と家をつくってきた 地域の工務店ではない。 復興に名を借りた(限られた人たちの)新築が始まっている。 その数割は、大手メディアの展示場で接触した 大手企業による家づくりである。 これまで見向きもしなかった沿岸の地に、 震災直後、「私たちはあなたたちの味方です」と月光仮面のように 参上してきた面々でもある。 代々、土地に根差して地道に活動してきた地域の工務店は、 地元の復興への梯子をあっけなくはずされてしまう。 何割かは、大手の下請けとなり、 割の合わない小さな修繕仕事を請け負い、食っていくしか術はない ――という構図をこの数か月、 岩手から福島にかけての被災地で目の当たりにしてきた。 質問をされた方、そして地域工務店の方々の表情は 復興、復興と正義の味方の情報を垂れ流しておきながら こと家づくりに関しては、地元の力を削いでいくだけの メディアとはいったい何なのか、 という苛立ちとなって壇上のぼくに向けられる。 以前、業界向けのセミナーで、ある設計事務所の人が 「あんたたちメディアが大事なことを伝えていないから、 こんな家ばかりになったんだ」 ときつい調子で、怒りをぶつけてきたことがあった。 この二十数年、たった一人で 地域の工務店にも目を向けてほしい、と叫んできたつもりだが 相手から見れば、 こんなぼくでも、こんな雑誌でも、メディアの一員なのである。 大手ハウスメーカーを中心に協賛を得ていけば いまの労力の10分の1で、 いまと同じボリュームで雑誌をつくることができる。 創刊当初、聞き違いかと思えるほどの高い金額で 「家と人。」そのものを買い取るという、 有り難い申し出をいただいた大手の住宅会社もあった。 お断りした。 だからといって、「家と人。」というメディアの質を問われれば いまだ、こんな程度でしかない。 今朝の「日曜美術館」(NHK教育)は 大好きな彫刻家・佐藤忠良さんの特集だった。 「隣人へのいたわりのないものは芸術ではない」 という言葉をメモした。 隣人へのいたわりあるメディアとは何か――との問いを 終日、突きつけられた日。 # by riverpress | 2012-03-05 00:20
28日。 午前、R子さん宅。 インドネシアの旅の話をうかがう。 大地を耕すときにはまず社を建て、畑の作業小屋を設けるときにさえ 必ず美しい庭を造る。 自然に最大限の敬意を表し、感謝して恵みを享受する。 人と大地、自然の営みとのエネルギーの往還。 そのプリミティブな営みに いまの自分は、いまの日本は…と混乱する。 旅そのものもいいが、旅の話から学ぶことも多々あり。 17時30分。 Tさん、Sさん、Oさんと一献。 年末、お誘いを受けていたが、耳下腺炎とやらで欠席。 今回、わざわざ仕切り直しをしていただいた。 みんな30代。つくづく顔を眺めるが、みんな、みんないい顔。 洋楽のヴォーカルの歌詞もわからず なぜ、いい曲だと思えるのか、といった質問を その道のプロに聞いたことがある。 「あなたは、食事の成分を 分析してから、それを『おいしい』と感じるのかね」 そっけない答えが返ってきた。 いい景色を眺めて心が揺さぶられるように おいしいものを食べて、うれしい気持ちになるように いい顔をいいなあと思うことに、理由などいらないようだ。 換言すれば、イヤな奴をイヤだと感じるのも、理由など不要。 29日。 日差しが日に日に明るくなっている。 ぼくのなかでは、3月3日が冬と春との境界と決めているが その日ももうすぐ。 春の到来そのものよりも、春の予感を感じるときが、いちばん幸福。 # by riverpress | 2012-02-29 22:31
雪。 近所のお年寄りたちが、朝から雪かきに精を出している。 ぼくはいつも家の前だけ チャチャッとするだけなので、恥ずかしくて 外に出ないことにする。 時間がたっぷりあるのか、Aさんちのおじさんなんか まず自分の家の前をきれいにし 次に道路まできれいにし、雪かきが全部終わっても そのまま外にいて 曇天の空を睨みつけ、さあ来いとばかりに、雪が降ってくるのを待っている。 少しでも積もったら、また一からきれいにかく。 そんなAさんたちには、とても太刀打ちできないのである。 一歩も外に出ず、原稿を書くことにする。 が、書けない。 一行書いては消し、また一行書いては消しで夕刻まで。 途中、この間、アマゾンで買った 「書くことが思いつかない人のための文章教室」(近藤勝重著 幻冬舎新書) を開いてみるが、まったく書くことが思いつかない。 チッと舌打ちして、閉じる。 結局、10時間もパソコンに向かっているだけであった。 夕食後、家の前の雪かきをする。 道路まできれいに、かく。 フウといって家に入ろうとしたら、除雪車がガガガガっと来て 家の前をすっかりきれいにしていった。 作業はまったく無駄だった。 # by riverpress | 2012-02-25 23:55
企画、取材、撮影、原稿、現像、 編集(執筆依頼、整理、初校~三校)、発送、販売。 ただのライターだった25~30年前と比べ 仕事の幅は30倍にもなっているが、仕事の量そのものは10分の1。 当時は圧倒的に書くだけの仕事が多く 書くことに集中するだけでよかったが それでも、いまよりはるかに多い仕事をこなしていた。 いまは雑用(というものは存在しないのだが)の合間を縫ってしか 書くことができない。しかし、 当時のように、食事の間、箸を持ちながら眠ることなど皆無である。 ある時期からスタッフを入れ、 彼らに頼るようになってから、少なくとも自分の骨を削るような 仕事をすることはなくなった。 この選択は、自分にとって、 生涯を台無しにするような損失であったかもしれない、 と思うことがある。 何もスタッフやアシスタントさんが悪いのではなく、 彼らへの依存の仕方が誤っていたのかもしれない、ということ。 人がいれば、どうしても甘えてしまう自分がいる。 選択したのは、一匹オオカミで 世間さまと勝負する世界だったはず。 家のことなど、いまだ、ほんとうに何もわかっていない。 寝たきりの老人の枕元に置かれた おにぎりが凍ってしまわないような家が、 この岩手から一軒でもなくなってほしい――と、 ただ、それだけが願いであった。 その願いがいつの間にかQ値やC値の世界に引っ張り込まれ いまになって、路頭に迷う自分がいる。 祝福されて誕生し、祝福されて旅立っていく。 その一連の人間の生の営みを じゃましない家であれば、それで十分なのだと思う。 インドで赤痢に罹って生死の間を彷徨ったのは 19歳のときのことだ。 一人であの国を歩き、ある街で倒れ、死を覚悟した。 最初の1週間はなぜか病院にも行かず 安ホテルの板一枚のベッドで 腹痛の犬のように、うずくまってばかりいた。 毎夜、毎夜、 背骨がカリッカリッと音をたて、やせ細っていくのがわかった。 2週間で8キロ、体重が落ちた。 あのとき、ぼくは骨を削ってまで、 確かに、何かを求めて「仕事」をしていたのだと思う。 いまは、毎日体重計にのって、 少しもやせない自分に飽きれるばかり。 早いうちに路線を修正しないと、 自分じゃない自分を、世間さまにさらすことになりそうで怖い。 「私は読者に私自身の書き方を通して 私の考えを伝えたいと思っているが、読者を啓蒙したいとは思っていない。 外なる読者に向かって書くことと 自分の内なる他者に向かって書くこととはわかち難い。 そして、それこそが言葉の働きというものだと私は考えている」 という沢木耕太郎の言葉の意味を、繰り返し、繰り返し、考えている。 骨を削るような仕事がしたい。 しなくては。 # by riverpress | 2012-02-25 00:09
北海道にいるB型母は、ぼくを産むまでに 4人の流産を経験している。 これまで二度しか、この話を聞いたことはなかったが まるで他人事のように淡々と話す表情が 不思議でならなかった。 「おまえが生まれる前の夜は、龍が空を舞う夢を見た」 という話は何度か聞いた。 そのあとに必ず、「龍にはならず、カッパみたいになっちまって」 というオチがついた。 父から、流産の話を聞いたことはただの一度もない。 昔の写真を見ると 3歳くらいまでのぼくを きつく抱きしめている父の写真がたくさんある。 きっと大事に 育ててくれたのだなあ、と思うことにしている。 娘が生まれるときは、 確か、仕事のつきあいでススキノで飲んでいた。 予定日より少し早かったので、気を抜いていたのだった。 カミさんには寂しい思いをさせた。 息子のときには、ちゃんと病院に駆け付けた。 1800gの未熟児だった。 産まれた直後から、チューブだらけにされた。 1か月近く、母乳を病院に届けた。 その子供たちも、 あっという間に30代、20代。 「子どもは三歳までのそのかわいさで、一生分の親孝行を終える」 と書いた作家がいた。 けだし名言。 もう20年以上も前に、親孝行は終わっている。 そう考えると、いまさら子どもたちに期待することもない。 朝、07時06分。 アシスタントさんからメールが入る。 「今朝、やっと産まれました~! 3424gの元気な男の子でした。母子ともに健康です」 爆発しそうな未来を感じる。 # by riverpress | 2012-02-22 00:34
太ってきた。 ここ2、3年の間、62キロ台で維持してきたのが きのう計ったら64.6キロ。 これといった運動をしないのと ちょっと食べる量が増えたのとが原因なのは明白。 ジーンズが限定され シャツやセーターはLでよかったのがLLに近くなった。 5、6年前までは68キロもあった。 当時のLLをタンスから引っ張り出して着ることになる。 しかし、いまの状態では LLではやや大き過ぎて、どうにも着心地がよくない。 イライラする。 おまけに、風邪。 息子は先週、インフルエンザと診断されて 自宅療養を余儀なくされたが 自分はどうやらふつうの風邪で済んだ。 ワクチンを打ったのもあるが、 幸い、インフルエンザはこの30年間、縁がない。 熱はなく、鼻水とだるさ。 この二つは文章書きには大敵で、頭がぼおっとして何も書けない。 書けないともいっていられないので 無理に書き進めるが 読み返すととても商品にはならないシロモノとなって、イライラ。 仕事場のエアコンの気流が 妙にアタマで感じるようになって、これもまた落ち着かない。 ぼくのアタマは かすかな気流もコールドドラフトも感じ取る、人間熱感知計なのだ。 イライラついでに、庭に出る。 晴天。 空がこんなにも青いと「今日、外観を撮れない家は不幸だな」と 自分のなかで、そんな声が聞こえてくる。 晴天=外観撮影に最適な日。 こんなことを考えてしまうこと自体が、すでにビョーキである。 それでも、明るさを増した陽に溶け 水滴となって屋根から落ちてくるタタタタタタ…という音に、 春を感じる。 水の音は、春の音だ。 雪解けの水が大地を潤し、植物を育て、盛夏の濃緑の源となる。 裸の木々は天に向かってアンテナをひろげ いまのうちに精一杯、エネルギーを蓄える。 雪の下ではいま 四季のなかで、いちばんエネルギーが蠢いている。 そのことを代弁する音が、タタタタタタタ…。 今月は、取材の合間を縫って、セミナーや会合が相次いだ。 その分、エネルギーを吸い取られた気になるのは まだまだ、強くない証拠。 寂聴さんは、目の前に集まった人の数だけ 元気をもらえるといっていたけど 自分はまだまだ、その域には達していない。 エラそうなことを話したり、書いたり。 こんなんで、いいのかなあと思う。 ほんとうに、やりたいことは、こんなんと違う。 気持ちもまた LとLLの間で宙ぶらりんのような感じ。 ピタッと自分に合った気持ちで生きられるのは、いったい いつになったらできるのだろうと考える。 人生がこの連続だとしたら けっこう生々しい痛さを抱えていくことになる。 # by riverpress | 2012-02-20 17:42
この数か月、毎夜寝るのは午前様。 かといって、朝は6-7時には起きている。 今日は日曜日。 久々に8時まで寝て、遅い朝食をとる。 カミさんに「映画を観たいが、9時45分からなので無理だな」 と独り言のようにいうと「私は、10分で準備できる」。 目がキラキラと輝いている。 9時15分には家を出なくてはならないが、この時点で9時10分前。 トーストをかじりながら急いで準備をする。 「ラビット・ホール」。 幼い息子を事故で失った夫婦の葛藤、転生の物語。 “ラビット・ホール(ウサギの穴)”とは、 「不思議の国のアリス」でウサギを追いかけて アリスが落ちた穴のこと。 ある日突然、不思議の国に迷い込んでしまったアリスのように、 夫婦は以前とは全く異なる現実に生きることを余儀なくされる。 原作はピュリツァー賞を受賞した戯曲。 母親役はニコール・キッドマン。 キッドマンの演技も素晴らしいが、『ハンナとその姉妹』に出ていた その母親役のダイアン・ウィーストがいい。 二人はともにアカデミー女優でもある。 母娘が語り合う場面が印象的だ。 「悲しみは消えるの?」 「消えない。でも、耐えやすくなる」 半狂乱になってまで 悲しみを「ゼロ」にしようと懸命に生きるキッドマンに向かって ダイアン・ウィーストの母親は穏やかに しかし、きっぱりと「悲しみは、消えない」と断言する。 最初は大きな石のような悲しみも 次第に小さくなって、やがてはポケットに入る 小石のようになっていく。 消えないけれど、必ず小さくなっていく。 時折、ポケットに手を入れてその悲しみの小石にふれることは 亡くなった人とふれあうことでもある。 だから、むしろ悲しみは「ゼロ」にはしてはいけないのだ… といった言葉の往還がある。 隣の席に座ったおねーさんが この場面ではなをすすったので、自分もつられてクッとなる。 同様のストーリーではカンヌで賞をとった 「ツリー・オブ・ライフ」があったが、その数倍、上質な映画であった。 ぼくが観たいと思う映画はほとんどが、1週間弱の上映であり しかも朝10時前後の1回きり。 いわゆるミニシアター系・B級映画扱いなのだが、 自分にとっては一級品ばかりである。 50歳以上の夫婦は一人1000円なのもうれしい。 午前だけだが、いい休息、学びとなった。 帰ってから、すぐにデスクに向かい仕事。 休日なのに、 デザイナーさんからは続々とゲラのPDFが送られてくる。 映画を観てしまって、少し申し訳ない気分となる。 がんばらないと。 ![]() ※「ラビット・ホール」 監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル 出演:ニコール・キッドマン、アーロン・エッカート、ダイアン・ウィースト他 ![]() 「悲しみは消えるの?」 「消えない。でも、いつか耐えやすくなる」 (C) 2010 OP EVE 2,LLC.All rights reserved. # by riverpress | 2012-02-12 18:25
8-9日、福島県南相馬市。 復興支援関連のセミナーで、地元のビルダーさん向けに 自分もお話をさせていただく。 盛岡から仙台までは新幹線。 仙台で常磐線に乗り換え、亘理まで行き そこから相馬までは線路が津波で流されているため、代行バス。 相馬から再び常磐線に乗り換え、原ノ町。 この間、4時間弱の行程である。 バスのなかから、時折、広大な田園地帯の無残な様相を垣間見る。 海ははるか遠くに見えているが、 津波は国道の真下まで押し寄せている。 バス代行区間の駅はもちろんすべてが閉鎖され、 駅の窓やドアは安っぽいべニア板が寂しく貼られていた。 どの町でも、歩いている人の姿はほとんど見えない。 人口7万弱のこの街ではすでに2万4000人ほどが町から転出し 小中学校では51%が学区外転出となっている。 一時は、10分の1の7000人前後しか街にいない状況もあったという。 原発事故による放射能ばかりがクローズアップされるこの街でも 津波で亡くなった方は600人を超えている。 この数の数倍もの方々が、家と家族を失った悲しみを抱えながら いまもなお、放射能に怯え暮らしている。 今回お世話になったAさんも 津波で10代の息子さんと父親を亡くされた。 息子さんは津波の数週間あと、街の遺体安置所で見つかった。 損傷が激しく、(多くは内出血で)真っ黒に変色した遺体が多いなかで 息子さんは傷みも少なく、色もそれほど黒くはなかったという。 「それだけでも『よかった』と家族みんなで胸を撫で下ろしました」 こうした経験をされた方々が、 死者・行方不明2万という数字の 何十倍もいることを想像すると、改めて身体が震える。 Bさんは、震災直後からボランティアで支援・復旧活動に専念してきた。 避難地域で野放しにせざるを得なかった家畜やペットが 痩せこけた姿で飼い主の家族を求めて街中をさまよい 牛舎では、餌を絶たれた牛たちが、餌入れに口をつけたまま 何頭も並んで白骨化している、そんな状況を幾度となく見てきた。 Cさん、Dさん、Eさんからうかがった話も いずれもテレビのニュースでは見たことも聞いたこともない 想像を絶する世界。 ぼくたちは、何一つ、わかっていない。 それだけが、確かなことのようである。 10日。 午前、N社取材、打ち合わせ。 社長の言葉が、いい。 やっぱり、言葉っていいなあと思う。 言葉を商売にしているからなんだろうけど、 100のうち一つでも その人から搾り出されたような言葉に出会うと 鳥肌が立つ。 午後、A子さんからメール。 久々だが、自分のなかではずっと「元気でいるはず」 と確信していた。 重いガンを患っていた。 診断から5年、手術から4年。 「やっぱりな、元気だったよな」と自分に言い聞かせ ここでもかなりうれしく、鳥肌が立つ。 東京の出版社から「念校」が届く。 この「念校」とは 最初の校正「初校」、その直しを確認する「再校」を経て もう直しはないはずですが、念のために確認しましょうよ、という目的で 行う最後の最後の校正をいう。 今回の仕事では再校のあとに三番目の校正として「三校」を行っており 「できれば、三校の赤字の確認のみで、 新たな直しは遠慮いただきたい」という編集者のコメント付での念校となった。 午後から、その念校をじっくり見直す。 10万字を超える文字を、執筆の段階からもう十数回見直しているが 今日、新たに赤字を入れた個所が9か所。 うち2か所は致命傷を負うレベルの誤りが見つかった。 といっても、文字としては 年間60万台→年間をトル 67%→63%に訂正 というだけのことだが、データの誤りは本1冊の価値を 抹殺するほどの威力がある。 見逃していたら…と考えると、 怖い意味で、またザワワッと鳥肌が立つ。 校了である。 この「校了」とは校正作業はこれで完了しますよ、 もう印刷してもいいですよ、という意味である。 これで完全に自分の手を離れ、出版社にお任せすることになる。 北総研のH先生、信州大学のY先生、 秋田県立大学のH先生、建築家のYさん、出版社の編集者Mさん、 装丁のNさん、うちのアシスタントさん、カミさん、 そしてこれまで全国の取材やセミナーでお世話になってきた数千の方々に 改めて感謝申し上げます。 夕食時、束になった「念校」のゲラを手元に置き、コップ酒で一人乾杯。 # by riverpress | 2012-02-10 21:52
5日。 北上市でエンドユーザ向けセミナー。 講演と工務店さん4社とのパネルディスカッションを担当。 参加者20名。 パネルディスカッションでは、会場の参加者一人ひとりの 声をお聞きするようにした。 なかに、被災地から内陸の借り上げ仮設に住んでおられる方がいた。 「津波で家を失ったが、これから内陸に家を建てたい」 という。 二重ローンを抱えることになるが、それでも仮設の暮らしより 家を建てて、生活を再建したい。 限られた予算のなかでは、 住宅の性能よりも広さや設備に費用をかけたいのだが…といった 内容のお話をされた。 パネラーの工務店の方々は、いずれも高性能住宅のみを 手がける方々である。 予算を削られても、性能で妥協をすることはない。 各社からのコメントも、その通りであった。 少しの間、会場の空気がピンと張り詰めた。 昨年末、ある被災地で開催されたビルダー向けのセミナーで 自らも被災者である地元工務店の方が 「性能よりも、一日でも早く屋根のある家を建てることが 大切なんだ。被災者を最優先に考えるべきだ」 と怒気を込めて、発言されたことがあった。 そのときも同じように、会場の空気が固まったことを思い出す。 被災地だから、被災者だからこそ、一日でも早く仮設から出て 広くて新しい家を建てる。 性能よりも工期の早さ、安さ、広さが最優先…という話を これまで何度となく聞いてきた。 しかし、家は50万や100万円では建たないシロモノなのだ。 性能を有した1500万円の家が、 そうではない仕様で格安の1000万円で建てられても そこには500万円の差額では済まない恐ろしいリスクが潜んでいる。 そのリスクから目を逸らさせようと 早い、安いで建てようとする ローコスト系住宅会社の営業姿勢は犯罪に近い。 被災地、被災者…という言葉に、 被災をしていないぼくたちは、一瞬、ひるんでしまう。 これをいっていいものか、これはいわないほうがいいかもしれない。 ハレモノに触るような、そんな気持ちになるのである。 セミナーの会場で手を挙げた被災者の方に 勇気を出してこう申し上げた。 「性能は譲ってはなりません。予算がないなら、小さな家を考えなさい」 親切か、不親切か。 温かな言葉だったか、傷つくような言葉であったか。 はたして、どう受け止められたか。 メニューは、選択肢は、すべて、用意されている。 あとは、その方の責任である。 # by riverpress | 2012-02-06 18:09
2日。 アシスタントさんが、仕事の整理に来てくれた。 明日から産休に入る。 帰りに、産婦人科までクルマで送る。 「丈夫な赤ちゃんをね」 「はいっ!」 しばらくは、また一人。 3日。 Y子先生と肴町の喫茶店でお会いする。 1年ぶりくらいだろうか。 1996年、リヴァープレス社で本を出していただいた前後から おつきあいは16年以上になる。 ぼくより十数歳も年上だが、いつも「いい女」でいようとする その姿勢がカッコいい。 旧約聖書にある「力と気品は女の装身具」を地で行く人。 4日。 午前、カミさんをヨーガの教室まで送って 帰りにブックアフに寄る。 数年前、本棚の本の再読を徹底しようと決めたが 105円で本を買えるこの店を知ってから、また本の数が増えた。 月に1、2度行くのだが、一回に5冊と決めている。 今日買ったのは お風呂用として「SLY」(吉本ばなな)、「海のふた」(同)、 ちゃんとした読書用として 「約束の冬」上下巻(宮本輝)、「無名」(沢木耕太郎)の5冊。 先週、古本ではなく、ふつうの書店で ドナルド・キーンの「日本人の美意識」「日本語の美」「日本人と日本文化」の 3冊を買ったばかりで、去年から家庭画報も定期購読しているので 本棚がみるみる埋まっていく。 ぼくの読んだ本は、折り目や棒線だらけで売れないので 本棚があふれ返った時点で、整理をし その段階でクリーンセンター行となる運命。 午後、矢巾町のNさん宅を撮影、取材。 断熱改修の物件。 Mさんは、もう20年以上も前からの知人で住宅設備のプロ。 素敵な奥さんとかわいい娘さん2人とは、初めてお会いした。 あと数年で定年だそうだ。 20年も前に、二人で家のことについて、熱く語った日のことを思い出す。 夜、先週に続いてNHK土曜ドラマ「キルトの家」を視る。 山田太一の原作、加古隆の音楽、 山崎努、松坂慶子、緑魔子、余貴美子, 根岸季衣など素晴らしい俳優さんたち。 近年、こんなに贅沢なドラマってあっただろうか。 団地の老人と若い夫婦との小さな小さな交流。 「じきに途切れてしまう人生だ。完璧じゃなくていいんだ」 なんか、しくしく泣けてくる。 明日は、北上。 # by riverpress | 2012-02-04 22:52
取材の帰り、薬のツルパに行く。 帰りが常に深夜の息子が胃痛を訴えるようになり 胃薬の購入を頼まれた。 数十種類もある棚の前でじっと考え込んでいると 薬剤師らしきお兄さんの店員さんが 「何かお探しですか」と声をかけてくれた。 顔を見ると、とてもまじめで誠実そうなので、ありのままを話す。 就寝後も実は胃液の分泌は盛んで 食後すぐに寝てしまう人には、この手の薬がいい。 鈍い痛みにはこちら、キリリと痛むのにはこちら…と 実に要点が絞られ、言葉に無駄がない。 「どっちがいいんですか」と尋ねると 「これがいいと思います」 若いのに、こんなお兄さんの店員さんもいるのだなあと、少々感動する。 この人なら、何でも相談にのってくれそうな感じがしたので 「あのう」といって、自分のことも聞いてみた。 「夕食後や就寝中にガスが出ることが多くなってきたのですけど」 お兄さんの店員さんはニコリともせず いや、むしろさっきよりも真剣な面持ちになって 「ご自分で気になるほどなのですね」と聞いてくる。 「私は全く気になりません」 「はあ。じゃあ、薬は必要ですか」 「私は気になりませんが、家族が嫌がります」 ここまで話しても、お兄さんの店員さんは 眉間に皺を寄せたくらいにして、さっきよりもっと生真面目な表情になる。 「ご家族は、そんなに嫌がりますか」 「臭いといいます」 「臭い、というのですね」 「臭いといいます」 「どんな臭さでしょうか」 「ごく標準的な臭さだと思います」 「標準的な臭さ、ですか」 「標準的じゃない臭さってあるんですか」 「はい、あります」 「はあ」 「ガスには大別して、発酵型と腐敗型というのがあって…」 「おっ。発酵型ですか。それって、どんな臭さなんですか」 「なんというか、そうですね、『懐かしい感じ』の臭さです」 「懐かしい感じの臭さですか…。それは素晴らしい表現ですね」 「いい表現ですか、これ」 「参考までにうかがいますが、腐敗型とは…」 「なんといいますか『ウワッ、臭い!』っていう感じの臭さです」 「はあ、そうですか。私は、発酵型の臭さです」 「そうですか、発酵型の臭さですか」 「暴飲暴食はしてませんし、便通も正常です。ガスは夕食後、たまにです」 「でも、ご家族が臭いというのですね」 「おまえら、ちょっと臭いの、ガマンしろといえば済む話です」 「でも、みなさん臭いって嫌がるんですよね。発酵型の臭さなんですよね」 「試しにネコの顔にガスを吹きかけてみましたが、大丈夫でした」 「ネコ、ですか」 「臭そうな顔はしませんね」 「きっと、お客様のことが大好きなネコさんなんですね」 「おかげさまで、ネコは私のことを尊敬してくれます」 「懐かしい感じの臭さ、ですね」 「そうです、懐かしい感じの臭さです。自分でも懐かしい感じがします」 「そうですか。『ウワッ、臭い!』ではない」 「45年くらい前の、母親の作った漬け物を思い出させる懐かしさです」 「45年くらい前ですか」 胃腸薬の棚の前で、こんなやりとりが5分ほど続いた。 お兄さんの店員さんは、 念仏のように「ナツカシイ、ナツカシイ、ナツカシイ」と唱えながら 「緊急用なら○○、腸内環境を整えるなら○○」と結論を出し、 ぼくはお兄さんの店員さんが棚から手に取った 緊急用のそれを買うことにした。躊躇はなかった。 ガスが気になるときに、それを舐めるだけで緩和されるんだそうだ。 お兄さんの店員さんは、「ありがとうございました」 といったあともニコリともせずに、黙ってぼくに頭を下げた。 # by riverpress | 2012-02-02 17:13
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