リヴァープレス社
●River Press.
編集室●〒020-0002 岩手県盛岡市 桜台2-15-6 TEL.019-667-2275 FAX.019-667-2257 Chief Editor 加藤大志朗 Daishiro Kato ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 以前の記事
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ライフログ
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午後、Yさん来所。 朝に電話があって「今日、うかがっていいですか」。 この間、何人かの会合でお会いしたばかりだったが ゆっくり話ができずに少し残念に思っていた。 仕事もちょうど中弛み。 出無精の自分にとっては、こんな日の来客は大歓迎である。 知り合って、まだ1年もたっていないのに 旧知の友人のような感じがする。 友人といっても、 昨日来てくれたGさん同様、ぼくよりも一回りも若い青年。 粗末なコーヒーを飲みながら 旅の話、本の話、空間の話、文字の話、地震の話。 すうっと、自分のなかにあるものが引き出されていくのは この人のやさしさゆえのことだろう。 ご自身も、お父さんも被災地の出身。 津波でほぼ全壊したあの町には、お姉さんが住んでいる。 家族みんな無事ではあったが、 Yさんも家族も、何人もの知人、友人、親戚を失い 自身が無事であったそのことを、いまも素直に喜べないままでいる。 「何度も何度も、あの町の夢を見るんです」 喪失を引き受けながら、 それでも丁寧に、騒がず、日常を生きようとする姿に 胸が焦げつき、目頭が熱くなる。 人の哀しみとは、こんなに静謐なものだったのかと、思う。 生きていることに対しての、後ろめたさ。 非力、無力でしかない自分の受容。 が、それは謙虚の一端などではなく、むしろ誠実さと表裏一体の関係にある。 所詮は自分の方向にしか向かっていないスケベなやさしさより 微小ではあるかもしれないが 誠実さの向こうにこそ力があることを、Yさんは教えてくれた。 たぶん、ぼくも、 そんなふうに、小さく、生きていく。 ▲
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| 2011-04-27 00:09
23日。 肩こりがひどい。 2~3年に一度、息をするにも苦しいような状態になる。 朝、ちょっとだけ原稿を書くが、全く集中できず。 家族がみんな出かけたので、一人じっくり本を読むことに決める。 「三十光年の星たち」(宮本輝)上下巻、合わせて約600ページ。 朝から深夜までかかって読み終える。 読後、肩のみならず、首まで動かなくなる。 24日。 スーちゃん、逝去のニュース。 ファンでもなんでもないのだけれど、同い年。 同じ時代を生きた。 そのことだけで、さびしい気持ちになる。 二十数年の闘病生活だったという。 死期を知る人は、 しばしば死期を知らぬ人より、よく生きる。 そんな言葉を思い出す。 ただ、ありがとう、といいたい。 カミさんが、6月、仕事のついでに京都、奈良を回るという。 交通、宿の手配を任される。 旅の楽しみは、 計画時からすでに始まっている。 自分のことでもないのに、3泊4日の全スケジュールを組む。 ここだけの話だが、 この時期、関西のホテルはどこも格安。 京都も奈良も、一流ホテルのツイン・シングルユースで6000円台。 5000円台で朝食付きも珍しくない。 京都も奈良も、いずれも時間がとれるのは半日程度。 テーマを絞る。 自分だったら、京都では、南禅寺、詩仙堂、銀閣など左京区界隈。 奈良では迷わず、室生寺、長谷寺。 好みが合うかどうか。 25日。 午前、A社で打ち合わせ。 出口の見えない経済市場のなかで、どこも苦しんでいる。 同社も例外ではない。 被災地に目を向けながら、 目の前の仕事に全力を尽くすのも立派な後方支援となるはずだが おそらくは、 全ての人が「サバイバーズ・ギルト(Survivor's guilt)」の渦中にある。 不穏を孕みながらも、いまこそ 個々が小さな幸福感を得ることだと、自分にも言い聞かせる。 たじろぎながら生きる人のほうが、発見は多いはず。 きっと。 午後、ピンポーン。 K社のGさん。近くに来たので、と寄っていただいた。 ドーナツにヨーグルトのおやつ持参。 話をしているうちに、せっかく持って来てくれたおやつを出しそびれる。 二回り近くも若い人なのに、ずっと世間を知っている。 無意識のうちに、 嫌いなことを避けてきたぼくのような人間は 結果、世間知らずになってしまったのだなあと Gさんにわからぬように、ひそかに反省。 ひょっとして自分は この数十年間、仮死状態だったのではないか。 もっとしなやかに、柔軟になりたい。 ▲
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| 2011-04-25 21:33
18日。 工務店さん、建築士、電力会社の方々とお会いする。 自分を含め7名。 このなかの3人が被災地の出身である。 親しい同級生を亡くした方。 新築したばかりの家を、 津波で家を失った親戚に貸すことにしたという方。 趣味を通じて知り合った人の住む被災地に通い 片付けや炊き出しなどの手助けをしている方。 東北各地から復旧のために集まる社員の後方支援のため 週に何度も現地に入り、早朝から深夜まで働いている方、さまざまである。 この日集まったお店のご主人は、津波で漁師の弟さんを亡くされた。 目の前に運ばれてきた魚の料理は その弟さんが最後にかけた網のものとうかがった。 手を合わせ、いただく。 19日。 終日、原稿書き。 何度も書き直し。 アシスタントさんは、校正に専念。 20日。 印刷会社のHさん来所。 この方も、毎週のように被災地に通い、瓦礫の撤去などを手伝っている。 近所のおばさんは、3人の子どもたちからお金を集め 5万円をまとめて募金したのだと話してくれた。 札幌に住む、ドケチのB型妹から 「兄ちゃんが使うなり、被災地に使うなり、好きに使ってください」 と現金書留で2万円が送られてきた。 メール便の配達アルバイトで、コツコツと貯めたお金だ。 50有余年生きてきて、 妹からお金をもらったのは初めてのことだ。 実家のB型母からも、今日、現金書留が届く。 お礼の電話をすると 「仕事がなくなったら、おまえが使え。あるなら、誰かのために使え」。 国民年金の暮らしのくせに。 大きな被害を免れたこの盛岡でも、北海道でも、全国各地でも 「何もできない」「何をしていいのかわからない」 といいながら みんながみんな、何らかのかたちで被災地にかかわっている。 少し意地悪ないい方をすれば、かかわりたいのだと思う。 みんなに乗り遅れないようにという計算も、 ほんとは、どこかにあるのだろう。 自分だって考えてるんだ、行動できるんだぞう、という自己顕示欲も。 だが、そんなことなど、どうだっていい。 一人のために使うエネルギーは一人分に過ぎないが 誰かのために使うそれは、きっとその人数分以上のものに化けていく。 言葉を仕事にしているはずの自分が、言葉をなくしかけている。 言葉にすればするほど、文字にすればするほど、 それらはすぐに ひらひらと目の前を舞って、シャボン玉のようにすうっと消えていく。 足の力を少しでも緩めると、 途端にペタリと床に座り込んでしまうほど、無力な自分と向き合う日々が続く。 どんなにへたくそで、それが無力と笑われようと、 ぼくには言葉を編むことしかできない。 その言葉で何ができるだろうか。 彼の地の子どもたちに、詩を書かせたい。そんな思いが日に日に強まっている。 がんばろう、ひとつになろう、の標語もけっこうだが 泣かないこと、がんばることだけが、人間の強さの証ではない。 誰かに向かって、あるいは文字として 辛いよ、寂しいよ、悲しいよと、 自分を吐き出せる力こそが、ほんとうの強さなのだ。 そのために、 言葉というものが、ささやかな力となってくれることを信じている。 ▲
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| 2011-04-21 01:30
11日。 朝いちばんで、宮古のKさんに電話。 「何かできることは」 「大丈夫」 明るい声を聞いて、安心。 沿岸では仮設住宅や瓦礫の撤去が始まっているが 多くが地元業者ではなく プレハブ協会などへの一括発注。 被災を免れた地元工務店が、いまだ動けずにいる。 北上のYさんに電話。 本震、その後の余震で温水器の接続不良などが多発し そのメンテナンスで奔走。 家そのものは大丈夫だが、設備がやられている。 数週間もお風呂に入れない家族が内陸にもたくさんいることは ニュースにもならない。 デザイナーのNさんと打ち合わせ。 ここでも、暖房設備が故障のまま。 オーガニックのビール(エール)をお土産でいただく。 「これからの仕事の行方がまったく見えない」 午後、ピンポーン。 M社・Sさん来所。 会社設立10周年の会、ほんとうは昨日の予定だった。 こうした状況なので中止。 ご招待いただいていたのだが、わざわざ記念品を届けに来てくださった。 こちらからお祝いをしなくちゃならないのに恐縮。 素晴らしいふき漆のお椀。 「被災地に行くときにも、努めて明るい表情にするようにしています」 ほんとうだ。 明るい顔を見ているだけで、元気が出る。 14時46分。 黙とう。 夜、たまたまつけたテレビで 「テレビタックル」をぼんやりと眺める。 政治家、学者、評論家。 いい大人たちが声高に自説を叫び、互いを罵り合っている。 被災地から漁師と民宿経営者のゲスト。 この人たちのコメントを聞いてからテレビを消そうと思い、 じっと聞く。 「役所の方、消防署や警察の方、自衛隊の方、 物資を送ってくださった方、その他支援をいただいた方々に、 まずはこの場を借りてお礼申し上げます」 髭面の漁師さんがそういって、カメラに向かい、深々と頭を下げた。 自分の要望を、静かに話し始めたのはそのあとから。 美しい人。 ▲
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| 2011-04-12 00:22
ネットで、小さなニュース記事に目がとまった。 「東電だけが悪いのではない」 と書いた元社員のブログに抗議が殺到し、 炎上して閉鎖に追い込まれたのだという。 記事の論調も、「当然の成り行きだろう」とあった。 地震と原発。 影響は色濃く、ぼくたちの足元にまで及んでいる。 政府や電力会社の対応が悪いという指摘は、一部ではきっと正しい。 だが、少なくともいまのぼくは被災者でもなく 問題のあれこれを正面から批判し、正そうとする論を持てないまま。 生まれたときから電気の恩恵を受け、 少なくとも、54年間、戦争のない時代を生きてこられた。 反原発の運動に携わり、 戦争の痕跡を訪ね、アジアの国々を回った。 が、あるとき、それをやめた。 「語る資格があるのか」 という自分への問いかけに、答えを持てなくなった。 これまで生かされてきたその恩も、 お世話になってきた方、そして社会にもいまだ還元できぬままである。 月に何度か外で酒を飲み、自販機や深夜のコンビニで買い物をし 朝から晩までパソコンの前に座り、 多いときには取材で年に3万キロもクルマを走らせ 1年に40回は新幹線や電車や飛行機に乗って、全国各地を訪ねる。 エアコンのきいたホテルで環境問題を語り、 少しでも古くなったユニキロの下着は、躊躇なく捨てる。 返本となって傷ものになった本を 数百単位で、ゴミ処理場で捨てたことも数知れない。 そんな自分に、 いま、累々と語られる問題の病根を衝く資格はない。 テレビをつけると、「がんばろう」「デマに惑わされないように」 「むやみに買い占めはしない」――などの言葉が延々と繰り返されている。 あなたは世界に一つだけの花、と歌ったあの人たちは いまはなぜか国家全体に向かって、「ひとつになろう」と呼びかけている。 テレビの前の君たちなど、 どうせ、自分の意志も持てず、状況の判断もできない、 その程度の人間なのだ…と、そんなふうに聞こえてならないのは、 ぼくに財力・知力がないことの劣等感、 性格がねじ曲がっていること、それらに起因しているのだと思う。 何人かの方から、「何もできない自分を恥じています」 と、そんなメールをいただいた。 だが、1万円の寄付を躊躇して1000円としたって、 被災地でボランティア活動ができずとも、 たくさんの物資を送ることができなくたって いまは無力な自分をしかと内観し テレビに映される被災地の光景に涙しながら 目の前の現実を必死に生き、これからを考えようとする その姿勢にも人としての礼節を感じるのは、 はたして、手前みそで自分勝手な解釈だろうか。 ほんとうの変革、(あるいは、本気で誰かとケンカをするのなら――) それは、個々における自己添削の積み重ねのうえにしか成し得ない。 最初に闘いの相手に設定するのは、 他者ではなく、まずは、自分自身である。 だからこそ、「何もできない」と自分に目を向ける そんな微細で、愚直かもしれない人間の力も、ぼくは信じている。 ▲
by riverpress
| 2011-04-09 22:08
2日。 建築家のMさん、来盛。 夕刻から二人で飲む。 地震のこと。津波のこと。文学のこと。詩のこと。 建築のこと。世界のこと。家族のこと。 気がつくと、7時間も話していた。 静かな時間。 「人間に対する信頼を投げ出さないこと」 それが、結論。 3日。 ほぼ1カ月ぶりに生協に買い物。 節約、節約。 夕刻から、 「生命に刻まれし愛のかたみ」(三浦綾子)、再読。 4日。 メール便、まだ復旧せず。 午前、一部の読者に本を届けるが、すぐにあきらめる。 かえって不公平になる、とは言い訳。 午後、カメラマンのEさん来所。 印刷会社のHさん来所。 22時-24時30分、 BSで映画「東京物語」を観る。 4度目。 何度観ても、深い。 25時。 縁側に出てみる。 氷点下だろう。とても寒い。 星がきれい。 この数年間で、きっと、いちばんきれい。 ▲
by riverpress
| 2011-04-05 01:14
3月30日。 朝、ガソリンスタンドに並ぶ。 3週間ぶりに満タン。 3月31日。 朝から薬局、ホームセンター、スーパー、電器店等を回り 陸前高田の避難所から頼まれていた物資を揃える。 が、必要なものが圧倒的に足りない。 いくつか買い揃え、落胆して戻ると宮古のSさんから電話。 「長靴と土木作業用の手袋がほしい」 再びホームセンターに走る。 宅配で送付。 午後。 松村さん夫妻、来所。 「家と人。」の読者の一人であり、極真空手道場の先生でもある。 全国の極真会館支部から続々と送られる 支援物質の一部を届けてくださった。 前日メールを交わし、陸前高田に行くことを伝えていた。 大小の段ボールが10箱前後と、灯油18リットル缶×3。 自分たちの荷物に加え、 それらをクルマのカーゴルーム、後方座席に積み込む。 事務所や自宅にある古雑誌、書籍も200冊ほど届けることに。 子ども用の絵本も30冊。 4月1日。 会社が休みの息子とともに、陸前高田。 A避難所で荷を降ろし、友人たちの顔を見て、ひと安心。 ここでの避難者は510人。 事務所で熱いコーヒーを一杯ご馳走になる。 水も足りないくせに。 「がんばろう」「手をつないで」「あきらめないで」といった 言葉の束と日々押し寄せる物資の束。 それらに逐一感動するほど、すでに彼らは健常ではない。 すっかり目の光が失せた友人たちの手をとり、 「じゃあ」と握手。 握り返す力は以前、こんなんじゃなかったことくらい、わかる。 荷を降ろした帰りのクルマのなかは、寂しいくらいにスカスカ。 狭い道の両脇の、 ずっと向こうまでひろがる瓦礫の山を眺めながら 23歳の息子が呟く。 「俺が死ぬまでに、二度とこの光景は見たくないね」 合掌。 ![]() ▲
by riverpress
| 2011-04-01 22:55
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